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4 八重沢良成さん

たんじゅんさん訪問 4
八重沢 良成さん  (新潟県津南町)
                          09年10月26日

いいことずくめだが、ひとつだけ問題が・・・

 定年退職58歳で始めるに、嫌いな農業しかない
 〈手抜き農法〉を選んだ確かな直観力と実践力
 公社から借りた耕作放棄の3町歩に廃菌床と草 
 3年目に根ぐされでアスパラ半分被害、しかし…


  昭和22年(1947年)9月30日 生まれ
  58歳まで教育委員会など、町職員。管理職。
  退職後、3反の土地を借り、農業をはじめる。
  「ふうちゃん農園」のブログ、ネットと市で販売

田舎で生活するには兼業で
 千曲川が、長野県を越えて、新潟県に入り、信濃川と名を代えてすぐのところに、津南町はある。さらに下ると十日町。冬は雪深いところ。
 その谷あいの国道からはずれて、広い町道を上がりあがっていくと、意外、広い大地に出る。そこが住宅地で、さらに上がって行くと、さらに、広い大地に出る。大昔の地殻変動でできた特殊な地形。
 この辺りは、7段から9段の、日本一の河岸段丘になっている。昔の信濃川が、何回か、隆起に隆起を重ねて、上にいくほど、広々とした畑になっている、他では見られぬ光景だ。八重沢さんの畑と田の3反は、その広い河岸段丘に点在してあった。
 家がある所は、標高340m、田は標高400m、畑は500m。

       
      大昔隆起してできた河岸段丘がいまは野菜の団地や田になっている
(写真をクリックすると、画像が大きくなります)

 その日は、10月も末の、冬の到来を思わせる冷たい雨が降っていた。
 それをものともせず、何枚かの畑を、雨に濡れながらつぎつぎと案内してくださった八重沢さんは、楽しそうで、「数年前まで農業嫌いだった。今でも、嫌いです」といわれるけど、そうは見えない。
 見て回った野菜たちも、八重沢さん同様、生き生きとしていた。

 八重沢さんのお父さんは郵便局に勤める兼業農家だった。田舎は、どこも同じだが、町で働きながら、生活のために、農業を続ける方が多い。
八重沢さんも、役場の職員になったので、当然、兼業の道が用意されていた。しかし、米の収穫期を除いて、父の農業を手伝わなかったし、自らが農業をやるということはしなかった。農業は嫌いだった。
役場の仕事一筋で定年までやってきた。いろいろな部門を経験したが、教育委員会の仕事が長く、農業関係だけはしていない。

農業嫌いが農業をやるしか
昔は、どこでも、子どもは農業の手伝いをさせられた。八重沢さんも同じで、お父さんの手伝いをして、田起こしの時は、小学校3年ごろから、牛を使って、田起こしをした。しかし、農業嫌いになったのは、それではない。
そのころから、田に水銀農薬を撒くようになり、それで吐き気をもようしたり、川に魚が浮かぶ姿を見て、「そんなモノをなぜ撒くのだろうか?」と疑問に思ったことが、農業嫌いになった。「農薬」嫌いである。
その後も、父が農薬を使っているのを見て、そのあとを継ぐ気もなかった。

ところが、役場では、管理職だったので、その定年は58歳。それが近づくにつれ、何を定年後するか迷った。その年では、年金もないし、何か仕事を始めるしかない。しかし、田舎で生活するには、58歳では農業の道しかなかった。
農業嫌い、「農薬」嫌いが、農業をやるにはどうしたらいいか。定年2年前から本やネットで探りはじめた。有機無農薬農法とか、無肥料自然農法とか、いろいろ調べた。
そのなかで、唯一ストンと腑に落ちたのが、ネットで見つけた「炭素循環農法」だった。無農薬はもちろんだが、<手抜き>農法にひかれた。

   
     八重沢 良成さん
この辺りは寒冷地。野沢菜とアスパラ、それに、米(魚沼産)が特産。
手抜きができそうな、アスパラと米に目をつけた。
アスパラは多年草。売り物になるのは、植えて5年後。それから10年ぐらいまでは収穫できる。
やめる1年前に、津南町の農業公社から、まず8反の畑を借り、アスパラの苗を植えて、「炭素循環農法」をスタートした。 

耕作地より放棄地がいい
 始め借りた土地は、前年まで野沢菜を作っていたところ。
野沢菜は1年に3回でき、肥料もたくさん使うし、1回に数回消毒する。
植えたアスパラは、1,2年目はふつうだった。ところが、3年目になって、半分くらいが、根ぐさりになった。虫もひどかった。根が伸びて、下の残っていた野沢菜の肥料を吸い出したからだろう。
その後、別の畑も借りた。やはり野沢菜を作っていたがやめて、2,3年耕作放棄したところ。そこでのアスパラは、3年しても、虫もそれほどでなく、少し根ぐされした程度だった。

7年も何も作らないで、生えた雑草だけすき込んでいた田を借りた。そこは、はじめから野菜に、虫がつかなくて、あらゆるものがよくできた。
多肥栽培の耕作地を、無肥料に転換した場合には、3年ぐらいは、虫の被害が出る。しかし、それが長く耕作放棄されている場合には、次第に草によって肥料が抜けて、転換後、すぐにいい結果がでるようになる。
というのが、八重沢さんの経験からの結論。
「炭素循環農法」をやりはじめた方のなかには、それがわからないで、1年目もたたずに、また、慣行農法に戻る方も多いのではないかと、八重沢さんは言われた。

費用がかからぬ
現在、3町の畑を借りて、借地料は一反1,4000円(水利権込み、高台だから水はない)だから、公社に30万円以上払っている。
それでも、この農法だと、手がかからないし、経費が安く済む。
肥料や農薬代はいらない。廃菌床を撒く手間だけ。いちいち肥料設計を作物ごとに、季節ごとにしなくていい。素人にはうってつけ。
廃菌床は、キノコ屋さんと契約し、タダで手に入る。  

     
      アスパラガス畑              草はいずれ刈って炭素資材に
アスパラの収量は、慣行農法よりもやや少ない程度。
他と比べると、この農法の作物は、生育が遅く、芽ができるのが遅いが、ある程度経つと、グングン育ち、途切れなく出荷できるという。
栽培は、1年目、苗の定植前に、廃菌床を反当たり4トン入れ、管理機で土とかき混ぜ、定植し、収穫期が終わり、茎が立ったあと、7月末から、9月のあいだに、廃菌床を4トン、ウネ間に入れ、小型トラクターでウネ間だけをすき込む。
2年目以降は、年に一度、収穫し、やはり、茎が立ったあと、廃菌床を草と共に、ウネ間にすき込んでいる。

廃菌床は、持ってきて、その日のうちにすき込むことが大事。一度試験的に2,3日積んだものをすき込んだことがあるが、チッソ飢餓を起こし、アスパラがぜんぜん育たなかった。
ウネ間の雑草も、大切な炭素資材。年に3回、草が十分に伸びてから、生のままモアで粉砕し、小型トラクターですき込んでいる。
使っている廃菌床は、コーンコブにおからが混じっているので、特に腐らさないことが大事。
いずれ畑ができてくれば、八重沢さんは、廃菌床を使わなくて、まわりの雑草だけで育てたい、いや、育つとしている。

八重沢さんのまわりは、アスパラの産地なので、この農法のまねをする方が出てきているのではないかと聞くと、まだ誰もまねをしないという。
最初、八重沢さんが畑をはじめたころ、アスパラの根ぐされが出た。
しかし、それを知っていて、だから、失敗したくなくて、マネをしようとしないのだろうと、八重沢さんはいう。
アスパラは、多年草なので、失敗すると、大きな痛手になる。

ほかに、いろいろな野菜も栽培しているが、すべて「炭素循環農法」にしている。ジャガイモ、ニンジン、ダイコン、インゲン、葉モノ、・・・

    
      ダイコン畑                     ホウレン草畑    
味は、慣行のものと、全く違う。
近所の2歳の子が来て、ニンジンなどを食べる。自分のウチのニンジンは食べない。小さい子は味が分かるようだ。「それでも、そのウチは農法を変えようとしない」と、八重沢さんは笑っていた。
畑の野菜をちぎって味見をしてみたが、どれも、甘みがしっかりあり、苦味がない。柔らかで、しかも、つやがある。生き生きとしていて、元気がいい。

米は1町、もちろん、魚沼産コシヒカリ。魚沼産で、有機だと、1俵6万円から7.2万円で売れているそうだ。
ただ、米は、地域みんなでやる仕組みがあって、異なる農法はやりにくく、慣行農法でやり、もち米だけ、「炭素循環農法」でやっている。
もち米は、腰と粘りが違うそうだ。
 
やりだしたらトコトン
八重沢さんはこの農法を5年前に始めるとき、奥さんや、お父さんに話した。しかし、「無農薬で、そのうえ、無肥料。そんなモノで農業がなりたつはずがない。いままでなにもやらなかった者が何を言い出すの。そんなことで、モノが取れる筈がない」と、言うことを理解も信用もされなかった。
それでも、強引にやりはじめた。
それは、このことだけではない。それまでの役場の仕事でも、八重沢さんはこれと考えると、少々の反対があっても、押し切って仕事を進めてきた。
改革派は、どこでも少数派。それでもやりぬく強引さ。それは、八重沢さんのなかに、目に見えない確かな羅針盤、直観力と、一人でもやっていく実践力が備わっているからだろう。

    
  畑のインゲンは、まだ花が咲いていた。
 昨年からは、ズッキーニを作り始めた。初めは、苗がなかなか育たなかった。所がある程度大きくなると、どんどんできて、できすぎて、捨てることになった。
この農法だと、はじめは、栄養が不足気味で、根が伸びるのに使われる。
それで、はじめ上が育たず、根が育ってくると、急に成長しはじめる。
 ほかの農法に比べて、根が張っている。稲も同じ。手で引っ張っても、根が抜けない。コンバインで刈る時、根が引っ掛かってくる。・・・・

雨の中を1時間ばかり案内していただいている途中、八重沢さんに携帯電話がかかってきた。奥さんからだ。「雨のなかなので、早く家にもどってください」という催促の電話。
畑に行ったら、止まらない、そんなご主人の性格と知って、雨の中、次々と畑を回って連れまわされている?お客さんのことを思っての電話だろう。

野菜が心で活かされる
雨の中、お宅に戻って、あげてもらった。冬の雪の深さがわかる家つくり。
一階は住むようになっていなくて、玄関からすぐにドーンと階段が2階に上がるようになっている。いざとなれば、2階から外に出入りできる。

     
暖かな炬燵の上に、料理がずらり。畑の野菜たちが、奥さんの手で、いや、心で料理されて、お皿に並んでいる。
一緒に訪問したワコサンは、もう目で食べている。ハシタナイと思いながら、同じことをやっていた。
   
カブの漬物、インゲン炒め、ニンジンなます、焼きシイタケ、おでん、ダイコン葉煮びたし
とても、いい味だ。味付けが柔らかくて、野菜の味がそのまま生かされている。野菜が自然の甘みで、柔らかい。苦味がない。さすが・・・。

奥さんに聞いてみた。
「はじめは、取れるはずがないと思っていました。周りの畑がやっていることと違うし、農薬は使わないし。でも、人の言う事を聞く人ではないので、反対まではしませんでした。でも、見ていると、2年目、3年目とよくなっているようなので、ケンカしながら、ずっとついて来ました。3年目にアスパラの株が少しずつ増えてくるのを見て一安心。
ふつう、アスパラは、ゆですぎると皮がむけて、とろけてしまう。ところが、ウチのアスパラは、ゆですぎても、皮がむけない。いまは、よかったなと思っています」。

八重沢さんは、それを笑いながら聞いていて、「女房達は、食べておいしければいい。それにたくさん取れればいい。農法は関係ない!」と達観していて、満足げである。
八重沢さんは続ける。
「この農法は、いいことずくめだ。借りた畑は、水はけが悪くて、大雨で耕土が流され、放棄されていたところ。逆に日照りが続くと、トラクターで耕すだけで、土ぼこりがもうもう。
それが数年ですっかり良くなって、多少の雨では耕土が流れなくなった。雨がやめば、農機がすぐ入れる。乾いても、少し土が舞い上がる程度。
廃菌床と雑草の効果は、すばらしい。素人が横着していいものができる。
味がとてもいい。いつまでも、野菜が生き生きとしている。
でも、ただひとつ、この農法で問題なことがある。それは、ほかで作ったものが食べられなくなる。腐敗の臭いがしたり、化学肥料の味がわかるようになるからだ」と楽しそうに笑う。

これからの課題については、
「アスパラガスは、10年経つと、収量が落ちるし、連作障害が起きるので、ふつう、そこでやめる。しかし、この農法で、10年後、アスパラがどうなるか、だれもやっていない。それがこれからの楽しみ」。
「このままいけば、いずれ、廃菌床の投入をやめて、まわりの雑草だけで、育てていけるのではないかと考えている。それをやってみたい」。

     
奥さんが、畑の野菜をきれいにして、玄関に置いてあった。「まだ、ダイコンは肌がアバタなのですが、味はとっていいです」と。 
帰っていただいたが、柔らかく煮えて、甘く、確かに、味がよかった。


新潟の山の中に、たんじゅんさんを訪ねた旅。
この農法は、まだまだ、新潟でも知られていなくて、ほかに仲間がまだいない。しかし、八重沢さん夫婦も、それに、畑の野菜たちも、未来に向かって、みんな生き生きとしていた。

それは、遠来の客に対しての儀礼からでも、雨に濡れたからでもなく、人として、生き物として、本来の姿の発揮できる場をみつけたからであろう。
本来の姿は、単純、明快、矛盾なし。
いずれ、近いうちに、仲間が増えてくる、そんな場である。

手抜き、横着、カンパイーーー。
ありがとうございます。

連絡先
新潟県中魚沼郡津南町上郷大井平3647  八重沢 良成
「ふうちゃん農園」http://www.fuuchan-nouen.com/
参考
『現代農業』2008年10月号p238~p242  「廃菌床と草だけでアスパラ二町栽培」 


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たんじゅん 

Author:たんじゅん 
「虫がつく野菜は、人間の食べ物ではない、虫のエサ。人間の食べ物は虫がつかない野菜。虫も野菜も人も、すべてが生き生きとしている。もちろん、お百姓も未来の大人も・・・」。
それが、自然・天然の仕組みと聞いて、びっくり、納得。
人間の側からではない、天然の側からのたんじゅんな農法は、もしかすると、戦争のない平和で豊かな世界の一つの実験、実顕ではなかろうかと、その実践報告を集めている。
連絡先メールアドレス tanjun5s@gmail.com

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